掲載日:2017年08月21日(月)

第13回フォーラム。第5回「代官山大学2017」


【開催概要】

副題
代官山の地域価値を共に学ぶ >> 詳細
主催
NPO法人代官山ステキ総合研究所
開催日
2017年3月17日(金)
開催時間
18:00-21:30
会場
代官山ヒルサイドテラス ヒルサイドプラザホール

【プログラム】

■プログラム
開会宣言・挨拶:代官山ステキ総合研究所 理事長 岩橋謹次(18:00)
[第1部] 学生研究発表(18:05)
[1]代官山の回遊性に関する研究2 ラフェンテ代官山を起点に
●國學院大學経済学部2年 内海彩菜、萩原甲斐、辛島千咲、五十嵐悟天、川口遥夏、高橋花奈、橋爪遼、内島啓太(経済学部 田原裕子研究室)
[2] 個人都市観光におけるメディアの役割―代官山を事例として
●北海道大学大学院 国際広報メディア・観光学院 竹中直子(岡本亮輔 観光創造専攻 研究室)
[3]「代官山の強みを活かしたアートイベントの提案」街並み空間形成におけるオープンスペースの創出要因に関する研究-代官山地域を対象として
●横浜国立大学大学院2年 小山結子(理工学部 野原卓研究室)
[4]街の骨格を軸とした歩行者空間におけるアクティビティと街の魅力に関する研究 -目黒川沿い周辺地域を対象として
●横浜国立大学大学院1年 田中 裕子(理工学部 野原卓研究室)
[5]代官山・恵比寿間の歩行者空間としての都市計画道路整備のあり方―渋谷区画街路第1号線を対象に
●東海大学工学部4年 三好航平(工学部 加藤仁美研究室)
[6]蛇崩川緑道を対象とした調査とワークショップーJakuプロジェクト
●工学院大学大学院 修士課程1年 五十嵐裕音(工学研究科 遠藤新研究室)
[7]地域の自律的な発展におけるつなぎ空間の形成及び特性に関する研究―住宅地に現れる敷地内空地に着目し
●東京大学大学院博士後期課程 黃竣湖(工学系研究科 川添善行研究室)

※学生発表の論文はプログラム内のリンクからご覧ください。
[インターミッション] (19:15 休憩含む)
●地域からのお知らせ
①広域代官山エリア SAKURAクリーン作戦2017
スーパープランニング 村上記克。
[第2部] 特別講演:ヒルサイドテラス前史 木村孝 三田用水研究家(20:00)
●近代初期の水車銀座と三田用水(朝倉水車を中心として)
●ヒルサイドテラスの敷地の成立経過(水路と道路の変遷史から)
●その他、近世・近代の猿楽周辺の知られざる歴史
[第3部] 意見交換会(21:30)まで
代官山周辺に関する新旧の研究発表と提案を基に、地域の方々と意見交換をおこないます。

【開会宣言・挨拶】

代官山ステキ総合研究所 理事長 岩橋謹次

第13回の代官山フォーラムの開会を宣言します。

"代官山大学"は今回で第5回となります。
第1部では若い学生たち(6つの大学、代官山をめぐる七つのテーマ)の調査・研究・提案を発表していただきます。一人10分ですので、全部で1時間10分。これが終わるとインターミッションに入り、地域からの発表と和楽の演奏をお楽しみ頂きます。

第2部では"ヒルサイドテラス前史"と題し、猿楽周辺や三田用水の歴史を、三田用水研究家・弁護士の木村孝さんにご講演いただきます。木村さんには昨年夏、代官山サロンで三田用水の320年間の歴史をお話しいただき大変好評でした。そこで今回は猿楽町や旧山手通りに絞ってその歴史をお話しいただきます。 

第3部では1部で発表頂いた、学生さんと会場の皆さんとで新旧の代官山の話材をテーマに意見交換をしたいと思います。

地域が地域で地域を学ぶ地域NPOならではの地域フォーラムにできればと楽しみにしております。それでは早速、第1部の発表から、元倉さん進めてください。

第1部 代官山大学の発表

6校から、7本の代官山及び代官山周辺に関する研究・発表・提案がされました。

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▲学生発表の論文はプログラム内のリンクからご覧ください。

インターミッション

●地域からの発表

①広域代官山エリアSAKURAクリーン作戦2017について、スーパープランニングの村上さんから、澁谷、西郷山、中目黒につながる桜の美しさが年々、人を集めているが、それだけ花見の後に残されるゴミは想像以上のものがあること。そ対応をステキ総研や地域の方と話してきた。その結果、「思い出はゴミと一緒に持ち帰りましょう」というキャッチフレーズでゴミ袋付き、ルート―トバッグ(ルー・ガービッジ)を開発し、普及に努めている。このゴミの回収ステーションを代官山蔦屋書店、ログロード代官山、中目黒アトラスタワー等に設けることができるようになった。地域への協力も広がってきた。その経緯を中目黒商店街連合会 事務局長 柏井栄一さんに語っていただきました。 

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②1年前の代官山フォーラムで、開局発表した"渋谷のラジオ"(写真は昨年のもの)の最新動向を、チーフプロデューサーとなった、KATSU佐藤さんからお話しいただく予定でしたが、都合で参加できませんでした。 そこで、岩橋理事長から澁谷のラジオの最新タイムテーブルを基に、参加型地域ラジオの順調な発展の状況が報告されました。

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③和楽の演奏~雅楽・演奏と楽器紹介
國學院大學・青葉雅楽会の皆さん
向かって左から、龍笛:鈴木華蓮さん、篳篥;田中颯一郎さん、笙:高橋理沙さん。の皆さん。左は、雅楽の楽器と演奏曲の紹介をする鈴木さん。

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第2部 特別講演 ヒルサイドテラス前史「昭和の道はなぜ残ったのか」 三田用水研究家 / 弁護士 木村孝

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目次
1、近代初期のヒルサイドテラス
2、朝倉水車の「地の利」
3、ヒルサイドテラスの敷地ができるまで
4、道路と水路の変遷史
・ヒルサイドテラス前の道はいつからあったのか
・なぜ「旧山手通り」と呼ばれるのか
・旧・山手道りはなぜ「昭和の道」として
なぜ残ったのか ―旧・山手道りの「幸運」― 

※当日資料を、PDFでご覧下さい。

当日資料:
ヒルサイドテラス前史 「昭和の道はなぜ残ったのか」 :>> PDFを閲覧する

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第3部 意見交換会

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司会(元倉):第1部の学生の話は多岐にわたるが、歩行者、歩行者空間を取り上げた研究がほとんどだった。唯一メディアを扱った以外は。旧山手通の歩道橋が今年中に撤去され、信号と横断歩道になる。そうなれば駅のほうから歩いてきて、せっかくヒルサイドの向こうに旧朝倉邸住宅があっても、歩道橋のところで諦めてしまうということがなくなる。回遊性が増すと思われる。

私は、ここで学生の発表を木村先生の話と強引に結び付けてみたい。
NHKのブラタモリが面白いのは、街が出来上がったときの地形や歴史が現在の街に繋がっているということを探っていくわけですね。地形(空間)、歴史(時間)を代官山もひきずっている。代官山の裏道がいいっていうのは、田舎の道だからだと僕は思っている。

学生は木村先生の講演をどう感じたでしょうか。オープンスペースの研究をされていて、代官山の込入った部分を含めて取り上げてくれた小山さん、感じるところがあったらコメントください。

小山(横浜国大):去年は私は旧山手通をとりあげて調査したが、木村先生は、どのように今に雰囲気や形が残っているのか、ロジカルに、資料を使って話してくれた。本があったら面白いなと思った。今回の私の研究は、民有地のスペースをメインにとりあげた。朝倉家の土地と公有地を取り替えたりしながら、公共的な空間を私有地の方から提供していくというのを昔からしているというのは、興味深い。

司会:黄さんはどうですか。

黄(東京大学):私が考えているのは、公共空間を用いて地域再生を図るということ。一番大切なのは地域性。自然環境も大切だが、歴史性も大切。地域住民の参加。街づくりの場合、お金とか効果を求めるのも大事だが、そうじゃない、ケヤキ、植物、昔は水路だったという話が大切。小さい努力で昔の街の再現ができるような努力。地域性には歴史性が大切と考えました。

司会:ありがとうございます。現代の代官山は、急速にステキな街になったように思われているようだ。東京だと六本木などが観光の目玉として紹介されている。違う見方が成立するのでは?メディアを扱った竹中さん、どうですか?

竹中(北海道大学):もちろん、代官山で新しい街歩き、違う観光ができる。トレンドとして歴史性などが重視されてきている。三田用水の街歩きは参加してみたい。

司会:他の意見も、他の研究者への質問も拾ってみたいのですが。その前に今の学生の参加者の意見を、木村先生はどんなふうに思いましたか?

木村:代官山大学の過去のレジュメ見ると「代官山の今、代官山のこれから」が多かったんです。岩橋さんと話していて、「今、これから」だけじゃものたりないので、「代官山の過去」のことを話してみようかとなった。私が参加した過去2回の代官山フォーラムでは、水車のことや土管のことで盛り上がりまた。直接、役に立つことではなく、自他共に許す究極のリベラルアーツだと思っています。手法として頭の片隅に置いておいて欲しい。今日の話しなどをまとめて載せていくつもりですので、時々私のブログを覗いてください。

司会:東京の地形とか歴史は興味深い。中沢新一『アースダイバー』や鈴木博之著『東京の地霊』などを読んで、これを機会に興味をもって欲しい。自分の研究を孵化するのに使っていけるのではないかと思います。

ここからはフリーです。なるべく短い時間で何でも発言ください。

青木(駒沢大):駒澤大学の青木と申します。経営学を教えているので、工学的アプローチというのは非常に新鮮な知見でした。ありがとうございます。歴史、風土というのは、これからの街づくりの中でどう生かされていくのか。ヒントがあれば教えて欲しい。私は町田や相模原の街づくりをお手伝いしている。その人たちの問題意識は、学生さんたちのインキュベーションになるような街を町田・相模原に作りたいと言っているのだが、ベッドタウンで育った若手経営者たちは街のアイデンティティーのなさに気づいて、何とかしたいとしている。しかしその地域も、大山巡礼、八王子シルクロード、自由民権運動などの記憶を持っている。そういうことを私は街の皆さんに伝えたのだが、そこをどう生かすか。私が若いときに遊んだヒルサイドテラス、まったく歴史なんか知らないのにきれいだなあと思って遊んでいました。60年代、バブルの時代、どういうふうにつくったのか。これから歴史を街づくりにどう生かしていくのか。ヒントを教えてください。

司会:答えのヒントを述べられる方は?

きむらけん:答えではないが、すごく大切なことがある。今日木村孝先生がおっしゃったことと学生の研究との接点、とおっしゃったが、まだ学生は本質に届きかねている。地域性とはなにか。文化とはなにか。木村孝先生の場合は昔なんですね。整理すると3つある。地域の固有性というのは「ニオイ」、「音」、代官山で最も大切なのは「山」がつくこと、すなわち景が糸口である。昔、水車のすごい音がしていたというのが地域の音。今、音とニオイがなくなってしまったが、「景」がある。ここには富士が見える。丹沢が見える。彼我の高みラインに景はある。地域の文化は何なのかというときに、音とニオイと景に秘密があると考えると今日の孝さんの話に結びつくと思う。

司会:ありがとうございました。今日ヒルサイドを軸に話していただいたので、ここはお米屋さんの朝倉さんが喋らざるを得ないでしょう。コメントをお願いします。

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朝倉(朝倉不動産):今日、木村先生のお話を聞いて、知らないことがたくさん分かりました。ただ、僕らは同じところにずーっと住んでいたので、その中にいると歴史ってことがわからない。ヒルサイドを作って50年たつが、動かないできたので、変化はしてもずっと記憶が続きます。西郷山公園の先にソニーの盛田さんの家があった。戦後に立派な邸宅を作ったのですが、いろいろな事情で全部、木も建物もなくなり、がっかりしました。キッシンジャーが来たとか、いろいろ歴史があったのに残念です。
ヒルサイドテラスはおかげ様で同じところにあって、違うかたちだけど歴史が繋がったという気がしました。

司会:代官山の今の発展はヒルサイドテラスにあるというのが定説です。それについては。

朝倉:皆さんそうおっしゃってくださいますが、それは逆にぼくらは何も考えていない。周りに対してうちはどうあるべきかと考えるだけで、周りに影響を与えるためにやったということではなく、槇さんもおそらくそういう考えはあまりなかったのではないか。道は、ここは住居だけ作るところではないんじゃないかと考えるからつくるので、皆さんが言ってくださることの逆のようなことを考えてきたわけです。50年になるけれど、街のためにとか、街づくりをしようとか、考えたことがなかったのが実際です。

司会:学生の研究発表は歩行者および歩行者空間のことが多かったですが、街づくり協議会の石原さん、木を残した路地のことなど話してください。歩道橋おこと、旧やまいぇ通りをより良くすること、路地の樹林を保全をしたことなど・・・・。

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石原:木村さんの話を聞いて、はっとした部分がある。新しく道ができると、路によってあっちとこっちが分断され、別なものになっている。しかし(山手通は)「旧」になったおかげで一体が(保たれている)。銀座通りはコミュニケーションはあるのだが、渡れない、しかし元倉さんも私もいつも旧山手通を渡っている。22m.の道でも一体感がある。街としては500m.から1km.の中で人が介在するというのが重要。われわれが小さいときは、旧山手通の真ん中で何分間寝てられるかが肝試しだった。

オリンピックの時、車が増えた。ある日突然、渡っちゃいけないと言われ、あっちとこっちは別という感覚を持たされてしまったけれど、わざわざ信号まで行かない。当たり前に向こうにいけること、小さな完成度の高いものを連続していく価値観を大切にするということを皆さんが発表してくれたことがうれしかった。

司会:昔はどこでも渡れましたね。いろいろな意見をもっといただきたいが、時間が限られているので、これで終ります。学生諸君、ありがとうございました。

最後に理事長から一言、お願いします。

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岩橋:代官山大学は今年で5回目です。しかし今回のような進め方は初めてです。学生さんに最後まで時間をとってもらい、相互の感想や、代官山の歴史の話しを聞いてどうだったか。それを語ってもらいたかったわけです。自分の研究だけで終わるのではなく、自分の研究を議論の題材に提供し、コミュニケーションを深めてもらいたかった訳です。
まとめとして、「地域」が「地域」で「地域」を学ぶ、NPOらしい「地域フォーラム」になったのではないかと私は思います。ほとんどの方々が満足していただけたものと思います。長時間ありがとうございました。

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