掲載日:2018年06月07日(木)

第14回フォーラム。第6回「代官山大学2018」


【開催概要】

副題
代官山の地域価値を共に学ぶ >> 詳細
主催
NPO法人代官山ステキ総合研究所
開催日
2018年3月16日(金)
開催時間
18:00-21:00
会場
代官山ヒルサイドテラス ヒルサイドプラザホール

【プログラム】

■プログラム
開会宣言・挨拶:代官山ステキ総合研究所 理事長 岩橋謹次(18:00)
[第1部] 学生研究発表(18:05~18:38)
[1]代官山地域における代官山ルールによる開発協議を契機としたエリアマネジメントの実態
●東海大学 工学部建築学科4年 源馬嵐(工学部建築学科 加藤仁美研究室)
[2]バリアアリー代官山攻略ガイド~車イス利用者や足の不自由な人が代官山観光を楽しむために~
●國學院大學 経済学部2年 谷本和也、後藤光、八木佑太、寺嶋健、沼田翔大、芝田圭汰(経済学部 田原裕子研究室)
[3]産官学連携による外国人向け観光振興のための魅力地図制作プロジェクト
●東京都市大学 都市生活学部3年 山波向日葵・仲村三樹・佐藤優・田村舞・中根優芽・鈴木咲乃東京都市大学 都市生活学部3年 山波向日葵・仲村三樹・佐藤優・田村舞・中根優芽・鈴木咲乃

※学生発表の論文はプログラム内のリンクからご覧ください。
[第2部] 地域からの発表(18:40~19:35)
●「新百合ヶ丘の街から『しんゆり大学』の活動紹介」
 平本一雄 東京都市大学名誉教授(15分)
●「今年の代官山周辺さくら情報」 渋谷、中目黒、代官山
 村上記克 スーパープランニング(10分)
●「東急電鉄の代官山周辺開発動向」
 太田雅文 東急電鉄 都市創造本部 開発事業部 副事業部長(15分)
●「100 周年を迎える都立第一商業高等学校と今後の展開」
 大林誠 東京都立第一商業高等学校 校長(15分)
[インターミッション] (19:35 休憩含む)
和楽演奏、龍笛・尺八(國學院大學総合企画部エクステンション事業課課長 山口耕司)
[第3部] 代官山の重要文化財を巡る意見交換会(19:45~20:45)まで
●基本講演
『20世紀遺産20選』山名善之 日本イコモス20世紀国内学術委員会元委員長(東京理科大学教授)
『旧朝倉家住宅・保全・活用・復元を巡って』 木村孝 弁護士・地域研究家(コーディネーター)
●代官山座談会
「旧朝倉邸勉強会の報告と提案」講演者を交え勉強会メンバーの方々。
全体司会進行:石原貞治

第1部 代官山大学の発表


・『代官山地域における代官山ルールによる開発協議を契機としたエリアマネジメントの実態』
東海大学 工学部建築学科4年 源馬嵐(工学部建築学科 加藤仁美研究室)

・『バリアアリー代官山攻略ガイド~車イス利用者や足の不自由な人が代官山観光を楽しむために~』
國學院大學 経済学部2年 谷本和也、後藤光、八木佑太、寺嶋健、沼田翔大、芝田圭汰(経済学部 田原裕子研究室)

・『産官学連携による外国人向け観光振興のための魅力地図制作プロジェクト』
東京都市大学 都市生活学部3年 山波向日葵・仲村三樹・佐藤優・田村舞・中根優芽・鈴木咲乃東京都市大学 都市生活学部3年 山波向日葵・仲村三樹・佐藤優・田村舞・中根優芽・鈴木咲乃

gakusei.png

▲学生発表の論文はプログラム内のリンクからご覧ください。

第2部 地域からの発表〈18:40~19:35〉


全体司会進行:石原貞治理事

●「新百合ケ丘の街から『しんゆり大学』の活動紹介」


報告者:平本一雄氏 東京都市大学名誉教授〈15分〉

平本一雄先生より、1.「街づくり大学ネットワーク(愛称:しんゆり大学)に向けた活動経過」
2.「しんゆり大学の5つの活動プログラム」についての報告が行われた。内容は以下の通りである。

1.「街づくり大学ネットワークに向けた活動経過」

1) 街づくり大学ネットワーク活動を推進していくために1988年街づくり財団ができる。
2) 街づくり財団は、より強力に活動を推進していくために大学と連携協定を締結し、そこから街づくりに協力する体制づくりを図っていった。
3) 新百合ケ丘駅周辺には様々な専門分野を有する数多くの大学が立地しており、人材も豊富である。 4.) 当時大学教育においては、アクティブ・ラーニングへの転換が重要な課題であった。
5) 大学の参加形態については、自由度の高いものとし、多様な活動単位とした。

2.「しんゆり大学の5つの活動プログラム」

・大学生プログラム
大学の学生達の専門性を活かした催事の運営やワーショップ、日頃の活動を生かしたライブ等を提供する。
・大学生交流
新百合ヶ丘の街づくりに参加する複数の大学の学生が成果報告や研究内容の報告を行ない大学生間の交流を進める。
・こども大学
大学の先生がその専門性を生かして街のこども達に知識や実技、学習の機会を提供していく機会を作る。
・しんゆりサロン
新百合ケ丘にゆかりのある大学の先生が街の人々に専門的な内容をわかりやすく語り、その知識を介して人々が交流する場を作る。
・大学街づくり授業
街づくりの地域人材が大学の授業で新百合ヶ丘の街づくりの歴史や現状について大学生に伝え、大学生はその知識をもとに新百合ヶ丘について調べ、その街づくりのための新しい提案を行うプログラムを作る。

chiiki.png

●「今年の代官山周辺さくら情報」渋谷、中目黒、代官山


報告者:村上記克氏 ㈱スーパープランミング〈10分〉

村上記克氏より、「今年の代官山周辺さくら情報」」渋谷、中目黒、代官山の「ゴミは思い出とともに持ち帰りましょう」という企画についての報告がなされた。

参加方法は以下の通り。

ルー・ガービッジを購入(ルー・ガービッジとは~ アウトドアで便利なトートバック)
ルー・ガービッジのエリア内の販売店は資料を確認、記載しているオンラインショップにて販売。
広域代官山エリアゴミ拾い、お花見のゴミ持ち帰りについて
〈収集場所〉1) 代官山 蔦屋書店2号館前旧山手通り側
2) ログロード代官山1号棟間通
3) 中目黒アトラスタワー山手通り側交通広場(アルカス春祭り会場内)
4) 渋谷インフォスタワー広場(渋谷桜丘さくらまつり会場内)

代官山をきれいにする広域代官山SAKURAクリーン作戦2018について
今年は3月30日(金)31日(土)4月1日(日)7日(土)4月8日(日)に実施をします。

期間内の近隣地域のイベントについて

3月30日(金)~31日(土)渋谷桜丘さくらまつり
4月8日(日)中目黒桜祭り
3月31日(土)、4月1日(日)7日(土)8日(日)アルカス春祭り
主催はROOTOTE/株式会社スーパーランニング、協賛は東京急行電鉄株式会社

・今年も頑張って開催します。
・ルー・ガービッジでのゴミ拾い、お花見で出たゴミを指定のゴミステーションへ捨てます。
・市販のゴミ袋を内側に固定してゴミ箱として使用できます。
・ゴミを収集して下さった方にバッジを差し上げます。
・桜がきれいなこの季節に環境の事を考えます。
・ゴミ拾い活動などポイ捨てゴミソリューションとしてその活動の幅を広げていきます。
・昨年は中目黒で137名の方が参加してくれました。
・今年は桜が咲くのが早そうなので心配をしております。
・ぜひ皆様のご参加をお待ちしております。
・ご清聴ありがとうございました。

sakura.jpg

●「100周年を迎える都立第一商業高等学校と今後の展開」


大林誠先生 東京都立第一商業高等学校 校長〈15分〉

「100周年を迎える都立第一商業高等学校と今後の展開」について報告が行われた。

『東京商法講習所と東京府立商業学校』

・東京商法講習所について

1875年、東京商法講習所が設立、翌年の1876年に東京府に移管された。その後1883年に国の農商務所に移管、翌年の1984年には文科省に移管、そして大学令が出された1920年に東京商科大学となる。

・東京府立商業学校について

1918年、東京府立商業学校が設立、1920年、第一商業学校に校名変更される。商業学校は当時5年制の男子校であった。そして港町のある横浜・神戸・大阪・長崎・下関へと商業学校は創設されていった。全盛期の商業学校は20校建設されていた。
第一商業高等学校(通称一商)の前身は第一商業学校である。男子のみの5年制で場所は西郷山公園付近に学校はあった。1950年に第一商業高等学校と校名が変更された。当時たま地域にある商業高校は第二商業高校と呼んだ。

商業学校が目指したもの

戦前の旧制時代には商業学校生の進路は東京商科大学(現一橋大学)、横浜高等商業学校(現横浜国立大)、慶応大、早稲田大などへ進学した者も少なからずおりました。
戦後は、学制改革のため5年制から3年制に変わった。さらに女子にも門戸が開放された。専門教育を5年間やっていたものを3年にするにはかなり無理があったようである。当時、商業学校がめざしていたものは、日本の近代化を進める上での殖産興業の担い手の育成(算術、法規、語学)であった。

商業高校としての新たな役割と衰退

戦後は、3年制の高等学校、男女共学に代わっていった。高校を出てすぐ働く人が欲しい時代になり、高度経済成長の担い手として、即戦力が期待されることになっていった。昭和40年頃の第一商業は、卒業後の進路で東京大学等へ進学していく学生が多く出ている。
また、女子学生数の比率が高まり企業の経理、庶務、銀行等へ就職していくという時代になっていった。
最近の傾向としては、情報化の進展と企業の合理化に移ることによってコンピューター、ATMの普及などから商業高校の役割に変化が出てきた。

これからの商業高校の在り方

昨今商業高校の位置づけが変わってきた。他の商業高校の進路では、半数以上が就職をしていくところ、第一商業高等学校では4年制大学へ1/3、専門学校へ1/3、就職は1/3という進路状況である。近年商業高校でいろんな資格を取り、進学・就職をするだけでは生き残りができない時代に変化している。
創立100周年を迎える第一商業高等学校は今年「ビジネスを考え、動かし、変えていくことができる力」を身に付けるための学科「ビジネス科」に改編した。授業においては地域や企業と連携してビジネスを実地に学ぶ機会を設けた。ビジネスを学ぶことは①商業高校を卒業した生徒が将来、その地域を担うことができる人になってもらいたいという思い。②高校時代から地域の課題に入って考える力を学んでいくことによって、高校3年間ではたいしたことは身に付けることはできないが、進学、就職などいろんな活動をしていく過程で地域のことについて良く知ることができるという思い、そして再び地域に戻ってきてもらいたいという考えがある。

daiichi.jpg

ITだけでなく、AIによる雇用喪失。

人間が必要な仕事は何か=グリエイティブな分野での活躍に活路

Iキーワード

「考える」「アイディアを出す」「何かを動かすバイティリティ」「人と人とのつながり」

●「東急電鉄の代官山周辺開発動向」


太田雅文 東急電鉄 都市創造本部 開発事業部 副事業部長〈15分〉

東急電鉄の太田雅文部長から代官山周辺開発動向についての報告が行われた。

【渋谷スクランブルスクエア】(渋谷駅街区)

渋谷には特徴がある。桜ケ丘や道玄坂の辺りなどの街対策を東急電鉄は行ってきた。我々はエンターテーメントとして渋谷の話をしているが、駅の近くに商業施設を建て替えるとかデパートのようなものをつくるとか。東急の沿線に住んでいる人に渋谷に来て、週末に楽しんでいただくとか考えている。
渋谷にはターミナルができていて、1964年にNHKが移ってきた頃から渋谷が「若者の街」と言われる様になってきた。「若者の街」は若者の街でいいのだが、もう少し大人の人にきてほしいとずーっと言い続けていながら、1989年渋谷マークシティができた。ホテル、オフィス、劇場を建設したが、依然として「若者の街」はかわらない感じである。
最近になって思うのは、渋谷が「世界の渋谷」になってきた感じがする。これはリオオリンピックの閉会式の会場内でVTRが流れ、人気ゲームキャラクターのスーパーマリオが渋谷スクランブル交差点から潜っていって、反対側のリオの会場にスーパーマリオに扮した安倍首相が登場するという演出があり、渋谷クランブル交差点が映し出され、これで我々の時代がやってきたなと思っている。
次に「渋谷カウントダウン2017-2018」(ニューイヤーカウントダウン3/31-1/1)の企画、これはこの前年も行ったが、これをやらないと3/31-1/1スクランブル交差点に人が溢れ、危ない状況になると予測したため企画した。何か東京中の外国人が集まっているように見えた。
昨年「SHIBUYA109」周辺の文化村通り・道玄坂で行われた「渋谷盆踊り大会」では、通りすがりの外国人が多く参加していたように見えた。

109.jpg

【渋谷代官山Rプロジェクト】

 渋谷代官山Rプロジェクトとは、代官山から渋谷までの旧線路跡地を賑わいの場などへ生まれ変えるプロジェクトであり、渋谷川の整備と合わせたプロジェクトである。
プロジェクトでは、東横線の旧線路跡地のカーブに2つの施設が整備される。ひとつは待機児童が社会問題化していますが、その対策のひとつとして保育所。もうひとつは、外国人旅行者の宿泊などを想定したホテルや店舗などである。
渋谷川に水の流れを増やす試みをやっているが、船が通ることはできないまでも目黒川くらいにはしたい。渋谷川沿いにクリエーティブな人たちが集う空間を作ることを目指している。
乞うご期待である。

インターミッション


和楽演奏

龍笛・尺八(國學院大學総合企画部エクステンション事業課課長 山口耕司)

time.jpg

第3部 代官山の重要文化財を巡る意見交換会〈19:45~20:45〉


●基本講演:『20世紀遺産20選』

山名善之氏 日本イコモス国内委員会20世紀国内学術委員会元委員長(東京理科大学教授)

はじめに、日本イコモス国内委員会20世紀国内学術委員会元委員長の山名善之東京理科大学教授より『20世紀遺産20選』の概要について説明が行われた。

イコモス(ICOMOS)とは国際記念物遺跡会議(International Council on Monuments and Sites)の略称である。パリに本部を置く国際的な非政府組織(NGO)であり、ユネスコの諮問機関の一つである。
「記念物と遺跡の保存に関する国際憲章を受け、遺跡や歴史的建造物の保存を目的として1965年に設立された。世界遺産条約に基づき、世界遺産登録への可否を事前に審査する機関として知られている。

このたび、日本の20世紀遺産20選、選定したので報告を行う。
イコモス会議は文化遺産に関わる様々な課題や問題について、それぞれの分野ごとに委員会を設置して取り組んでいる。20世紀遺産は、文化遺産に関わるDOCOMOMO等の活動により近代建築運動の建築作品の文化遺産としての価値が広く認められてきた。一方、世界遺産に登録された20世紀遺産が著名な建築家による建築作品に偏っている状況を受けて、20世紀遺産の多様性についての議論の必要性が指摘された。日本イコモス国内委員会では、2013年より20世紀国内学術委員会においてこの課題に取り組むことを開始した。議論の結果がまとまり、イコモス国内委員会理事会において、その選定が了承されたので日本の20世紀遺産20選を発表することとなった。
この日本の20世紀遺産20選の中に「旧朝倉邸と代官山ヒルサイドテラス/近代建築理論の具現化と民間による都市周縁部開発」が選ばれた。
この20選については、どうしてこれを行うのか、もう一度、その地域において、重要性を世界レベルに置き換え、認識した上で再検討をしていこうということになった。

yamana.jpg

『旧朝倉家住宅・保全・活用・復元を巡って』


木村 孝氏 弁護士・地域史家(コーディネーター)

●基本講演:『旧朝倉家住宅・保全・活用・復元を巡って』

1.旧・朝倉家住宅の「重要文化財」への途」
別紙「旧朝倉住宅」増改築・補修経緯の資料を参照。

大正4年、東京府会議員の朝倉虎次郎氏は、大正5年に旧・朝倉家住宅の建築に着手し、大正8年に朝倉邸は完成したといわれている。虎次郎氏は昭和19年に亡くなられ、奥様のタキ様も昭和21年に亡くなられた。旧朝倉邸は昭和22年、相続税・富裕税納付のために中央馬事会という団体に売却された。
昭和23年、中央馬事会が解散となり、農林省(→農林水産省)に譲渡された。その後、所有権は大蔵省に移転される。昭和32年には、経済安定本部(→経済企画庁→内閣府)が借用、公邸として使用していた。昭和39年、渋谷会議所に改称される。
平成11年、小渕内閣の時に会議所(当時 総理府)が用途廃止となる。小泉内閣の時には使用していない会議室ならば売却しようという話で出てきた。慌てたのはこの地域の方々である。そこで代官山地域の方々は旧朝倉邸保存運動を開始させた。朝倉家の朝倉徳道氏とヒルサイドテラスの設計者である槙文彦氏、この2人が中心となって地域住民の賛同を得て保存運動を開始した。その後、東京大学の鈴木教授に調査を委託して、平成15年の春にはレポートができあがった。このレポートをもとに、文化庁、財務局、東京都、目黒区、渋谷区が管理団体についての打ち合せ会を開催した。翌16年10月、文化審議会答申が出される。同年12月、重要文化財の指定を受けた。平成17年11月、渋谷区「旧朝倉家住宅保存管理活用計画案」が策定された。翌18年11月には渋谷区が管理団体に指定(維持費は渋谷区負担)された。

kimura.jpg

【指定理由〔結論部分抜粋〕】

重文指定基準1:(五)流派的又は地方的特色において顕著なもの旧朝倉家住宅は、接客のための御殿、内向きの座敷、茶室など、機能に応じ異なる意匠でまとめた良質の建物と、これと一体となった庭園が良好に保存されている。東京中心部に残る関東大震災以前に遡る数少ない大正期の和風住宅として価値が高いとともに、東京が近代都市へ本格的に脱皮する過程で、市街地化が急速に進む周縁部において営まれた邸宅であり、近代における和風住宅の展開を知る上でも重要である。

2.「地域」との関わり

これまで
平成19年1月~12月の間に「旧朝倉家住宅管理等検討会」を4回実施した。
保存運動、検討会には、2町の会長(親交会・恵比寿新栄会)、故・元倉副理事、朝倉理事などが参加している。
これから、「地域」として、できること
「旧朝倉邸勉強会」は平成19年12月からはじまった。
起源は、故・元倉副理事の「代官山 学 スクール開校案」平成19年11月である。
3.「重文」(文化財)の取扱い
(1)「保存と活用」
文化財保護法改正案
旧朝倉家住に大きな影響がない。「どう使うか」は、原則的に「所有者」の判断である。
法律上・手続上の締約が加わっている。
(2)文化財中建築物の特殊性
建築物は「使うため」に作られている。朝倉邸は「使われた」からこそ残った。私有の建築物は「使われる」のが通常で、民家は60%である。建築物は広い意味で使ってこそ価値がある。使わないと痛む。結果、痛まない程度に、どこまで、どう使うか」という課題に帰着する。利用を前提に保存し、保存を前提に利用する。
(3)「保存」(と「復元」)のための修理(「近い将来」の課題)
旧朝倉邸は築後100年経過している。そう遠くない将来に大規模な補修が必要である。
4.「懸案」としての「復元」
旧朝倉邸の場合、微妙な問題がある。
どの時点まで「時間軸を巻き戻す」か
どこを復元するか。 
5.旧朝倉家住宅での「解体修理」「復元」の実例
6.これから、「地域」として、すべきことは何か
勉強会「検討会」
・復原修理を想定した、過去の旧朝倉家住宅の情報収集
・分散している情報を収集して集積・統合し関係者間の共有化を図る
・いずれ公開して、旧朝倉家住宅に関する
・理解者を増やす
・埋もれている情報の提供を促す
・統合した情報の承継をはかる。

●代官山座談会・「旧朝倉邸勉強会の報告と提案」


全体司会進行:石原貞治理事

ishihara.jpg

本日いくつかの提言と課題をいただきました。そこで皆さんがどんな思いで考えているか。
皆さんのお話を伺いたいと思います。6名のパネリストの方は以下の通りです。

岩橋謹次氏、藤森高司氏、山名善之氏、木村孝氏、野口浩平氏


・朝倉邸には近代的建築の原型がある。


・重要文化財で一番大切なことは、生活の匂いを紡いで50年100年に向かって行くことが大切である。
そのためには重要文化財になった経緯であるとか、その思いを皆で共有しながら見に来ていただい方と重要文化財の中の生活観をどう享受できるか。そしてヒルサイドの超モダンな建物と共存できているというこの価値を皆さんに知ってもらうことが大事である。


・文化財は何らかの理由で文化財になっている。特に建物の場合は、生活観を如何に出すかということが重要である。


・専門家からは大正時代に建設したものでここまでしっかりしたものはないと言われる。様々なところが魅力的だといわれた。重要文化財になった経緯であるとかを共有したい。皆さんに知ってもらう活動をしていきたい。復元して当時の生活の思いをそして匂いを出していくことが大切と思っている。


・イコモスで20世紀の遺産を扱っているとどのように受け継いでいくか。遺跡とかやっている人たちは触ってはいけないと言う。我々20世紀委員会の人間は、使ってなんぼである。


・20世紀の建築で課題になってくるものは、たとえば近代建築の場合、用途である。文化遺産としてどのように伝えていくか。朝倉邸も昔は家であったが代官山という地域の家であったのである。


・昔のものを引き継ぎながら次の時代に伝えていくかが重要である。インティグリティー(Integrity)という考え方、全体としてどういう価値を見出して、物が変わっても復元しても守り続ける価値があるかを見定めていくことが求められている。


・世界遺産の中でもそういう議論を行っているので、何のために復元するのか、あるべき姿、あるべき価値を復元することを考えていったほうが良いと思う。


・代官山の魅力は、この旧朝倉邸にあると思っている。ヒルサイドテラスの原点は旧朝倉邸である。先ほどインティグリティーというご意見がありましたが、インティグリティーを実践することが大きなテーマではないかと私は思っている。


・最初の道程をみつけることは難しいと思うが、ヒルサイドテラスをはじめとして、この代官山が共通の考え方の原点であると思っている。


・代官山の街はパリの街に似ているのではないかと思っている。美しき街で、いい文化と心地よさ、潤いと安らぎのある街、非常にステキな街だなあと思っている。


・品格のある街、エレガンスの街。エレガンスはどんなに時代が変わっても色あせないといことである。代官山にも共通したものがある。


・旧朝倉邸、木造建築でも粋を凝らした匠の美、クラシカルモダニズム。以前からステキな街だったでしょうけれども今回、20世紀遺産20に選定されたことにより、格付けというか、品格がこの街に持てたということである。


石原卓治理事
・長時間に渡って大変盛りだくさんのご意見をいただきました。将来へ向けての旧朝倉邸、ヒルサイドを含めた旧山手通り、50年のターンに向けて、如何に皆で作っていくか、皆様のご尽力・ご協力をお願いしたいと思います。

zadan.png


全体の文責はDSI事務局にありますが、代官山フォーラム第2部第3部の記録は、國學院大學 総合企画部 エクステンション事業課の杉本久男さんにお世話になりました。